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第6話 後編ペリーの饗宴、ハリスの食事~肉の味~ 

1856年7月、ハリス一行を初めてもてなしたときの料理の献立

「茶」「菓子」
「酒」:「保命酒」
「吸物」:茗荷、むすび、いなだ
「九盆」
「小皿」:松魚刺身、白髪はす芋
「皿」:玉子きんとん蚫水せん、捌えび
「皿」:うなぎのかばやき長芋、生姜
「鯛吸物御膳」
「皿」:サンダテ小畳白髪岩茸、赤みしま
「汁」:鯛の吸物
「坪」:えびごぼうの玉子とじ
「平」:家鴨油入冬瓜ネギ
「猪口」:百合の根の塩ゆで
「平塩」:奈良づけ、大坂づけ

 魚介類では鯛、鰹、海老、鮑、鰻、いなだが出されていました。
7月25日とあり、夏の頃なので、鰻や冬瓜が出されたのでしょうか。
今では珍味中の珍味、岩茸があるではありませんか。採集するのに急峻な断崖をハラハラしながら登る姿が眼に浮かびます。
こんな所に命がけの難業があると相手側に伝わったのでしょうか・・・。
 
 献立を見てゆくと、肉といえば鴨ぐらいしか出ていないのが分かります。
日本人は欧米人や中国人のように日頃から肉類をモリモリ食べていたとは言いがたいです。
 当然、山の多い国土である日本でも獣の肉は食べていましたが、例えば、獣の血をそのまま料理に使うことはなかったようです。
  

イタリアの血の料理

ローマの北、バルバロロマーノという丘の頂にある小さな町を訪れた時、レストランで、黒いソーセージをご馳走になりました。
これを暖炉の火で焼き、表面が少し焦げたのを頬張ると、いつもより濃厚でコクのある肉の味がして、野趣濃厚な一品です。
聞くところによると、これは豚の血を入れて作った腸詰でした(フランス料理でいう「ブーダン・ノワール」です)。

南の島の血の料理

また、奄美大島の隣に浮かぶ喜界島では、「カラジュウリ(唐料理)」という、羊の血や臓物などで炒め物にしたものがあります(豚の血や臓物を使ったヴァージョンもあります)。
血が入っているのでこれもコッテリ濃厚な肉の味が際立った一品です(羊の臭みがたまりません!)。
その昔、難破した中国船の船員が地元島民に助けられたお礼として中国の料理のひとつとしてこれを島に伝えたそうです。

現代のローストビーフ料理の食事風景

現代のローストビーフ料理の食事風景

血食の民と日本人

 いずれも獣の血を使っていて、日本でこのような獣の血を使うことがないことが分かります。
やはり、日本というのは古来より血を嫌う、血を穢れとする面があります。
料理以外では相撲の土俵上で流血することは忌むべきものとされ、宗教儀式でも血を使うものはありません。
逆に、キリスト教ではイエスの血はワインであり、肉体はパンであると説かれ、血が身近なものとして感じられています。
洗礼式を観ればその厳かで、何代にもわたってキリストの血の受け入れが繰り返されてきた歴史を感じることができます。
 
 開国して、肉の味を知るようになった日本人はまた血の味を知ることともなったのです。
清潔さに敏感な日本人の中に少なくとも穢れていたはずの血を受け入れ、相反するものが蓄積されていきました。
 ご存知のように、今や日本ではどの国の料理も、またピンからキリまで食べ物が溢れています。
その最初の劇的な交わりのひとつが下田で繰り広げられたのでした。

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岩崎 努

京都出身、2013年に念願の下田移住を果たす。
普段は小学生の子供たちの宿題をみる野人塾の傍ら興味の尽きない歴史分野、下田の歴史を調査中。
周りからは「野人」と呼ばれている。
酒好き、読書好き、ジャズを中心に音楽をこよなく愛す。