第36話「三島由紀夫あれこれ」

「俺は、三島由紀夫の肌を触ったぞ」

 

こうおっしゃるのは、下田の「青島理美容所」の青島さんである。

 

これを聞き出したのは、お吉研究で知られる、横浜在住の杉本武さんだ。

 

杉本さんによると、この話はこうだ。

 

下田東急ホテルに滞在していた三島由紀夫が、理髪店を探していたところ、青島さんの理髪店を紹介されたらしい。

 

青島さんは、当時売れっ子だった三島が、どうせそんな大したやつではないだろうと内心思っていたところ、三島が店のドアを開けるなり、「お店を紹介された、三島由紀夫です」と深々と一礼された。

 

そして、三島は心置きなく頭をゆだねたということだ。

 

この何気ない挨拶に、青島さんは心打たれてしまった。

 

それからである、青島さんは三島の信奉者になってしまったのは・・・。

 

杉本さんは、下田に来た当初、三島が愛したとされる下田のマドレーヌを作る「日新堂」さんに通い詰めていた。

 

そこで巡り会った、店の横山郁代さんは当時の三島を知るひとりである。

 

その著書、「三島由紀夫が来た夏」を執筆されたことでも知られているが、杉本さんも、下田に来た当初は、お吉研究ではなく、三島に心惹かれていたようである。

 

杉本さんが、法人会の講演会の折に宿泊したのは、三島が寝泊まりした部屋だった。

 

下田東急ホテルが改装作業に入る直前で、もう当時の部屋の様子も変わるだろうということで、杉本さんも感慨深いものがあったと思う。

 
東急ホテル 客室
 

三島がホテルで借りていた部屋はふたつあったそうだ。

 

ひとつは、家族が使う部屋で、自分もそこで寝起きしていたもの。

 

もうひとつは、執筆部屋である。

 

現在も改装されたとはいえ、三島の泊まった番号の部屋は残されている。

 

もうひとり、三島絡みでいうと、下田東急ホテルで働く渡邊幹夫さんも私が親しくさせていただいている人だ。

 

三島が下田東急ホテルに毎夏逗留し、5年間「日新堂」に通い詰めていたころ、そのマドレーヌを焼いていたのは、渡邊さんのお父さまであった。

 

渡邊さん自身も、三島にゆかりのあるホテルの従業員なので、三島には親近感のようなものを感じておられるようである。

 

最後に、横山郁代さんのことについて少し。

 

「日新堂」の2階、「ポルト・カーロ」でイタリアンのお店をご主人と営んでおられ、郁代さん本人が歌手であることもあり、年に何度かミニコンサートをこの店で催している。

 

そうした折には、三島のお話も飛び出すのだが、三島の誕生祭を毎年1月に銀座で主催され、多くのひとが参加する。

 

日新堂 奥さん

 

そして、これも因縁であろうか、杉本さんは、郁代さんのファンクラブ会長に、郁代さんから直々ご使命があり、この誕生会には欠かさず参加するようになった。

 

こういう私も、澁澤龍彦のファンであったので、三島には関心があった。

 

まさか、下田に住んでいて、三島に関していろんな話を聞き、当時の風景を残す下田の自然に癒されるとは思ってもいなかった。

 

文人は、死しても、作品を残している。

 

それは人と人を結びつける作品である。

 

人は、死んでからは、肉体を失うが、記憶を残すのである。

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岩崎 努

京都出身、2013年に念願の下田移住を果たす。
普段は小学生の子供たちの宿題をみる野人塾の傍ら興味の尽きない歴史分野、下田の歴史を調査中。
周りからは「野人」と呼ばれている。
酒好き、読書好き、ジャズを中心に音楽をこよなく愛す。