「荒れた山道や岩の道が続き、Inodzu-gama(稲生沢川)という途切れがちの川をたくさんの厚板を積み上げた橋を渡り、談笑しながら歩いた」とあるので、彼らは柿崎から上陸してから、稲生沢川沿いを北上したと考えられます。
稲生沢川は「いのうざわがわ」と読みます。
住民から聞き取ったのか、堀達之介などの役人から教えてもらったのかは分かりませんが、「Inodzu(いのうざわ)gama(がわ)」と川の名前を認識したことだけでも、170年前のやりとりが垣間見えてきて面白いです。
Inodzu-gamaのスペルからして、「イノォーズ・ガマ」と米国人の耳には稲生沢川(いのうざわがわ)が聞き取れたのでしょう。
住民「いのうざわがわ」
ハバーシャム「イノォーズ?」
住民「いのうざわ!」
ハバーシャム「??イノォーズ??」
住民「(もういいやそれで)」
みたいな会話が170年前の下田であったと想像するだけで、僕はウキウキしてしまいます。
話が少しそれますが、英語には日本語の「ツ」という発音が単語の最初にくることはないのです。これだけ言うと、「ちょっと何言ってるかわからない」という感じになるかもしれませんので、僕のアメリカ留学時の経験を少しお話させていただくと、僕の名前はみんなアメリカ人にちゃんと発音してもらえないんですね。
僕の名前は力と書いて「ツトム」と読みます。
先生や同級生に「What is your name?」と聞かれて「My name is Tsutomu」と答えても、「トゥトム? ストーム?」と必ず聞き返されるのです。
不思議なことに、単語の途中や最後にあるときは、日本語の「ツ」に該当するような発音は英語にも当然あるわけです。けれど「cats(キャッツ)のツだよ」といくら言っても、どうしても「トゥトム」でした。メキシコ人の同級生も同じようだったので、少なくともスペイン語も同様のような気がします。
それなら「トム」と呼んでもらえばいいじゃん、と言われたこともありましたが、個人的にダサく感じたので、「トゥトム」と呼んでもらっていた青春時代の思い出がふとよみがえりました。
地元民との出会い
さておき、稲生沢川沿いの山々を歩いていくと、彼らの目の前に民家が現れます。『マイ・ラスト・クルーズ』の該当部分を引用させていただくと、
「たくさん見たい。もっとたくさん考えたい。我々にとってはたくさんのことが失われる。見知らぬ人々の見知らぬ土地を初めて歩くとき、見る価値のあるものすべてを誰が見られようか?川岸に沿った街道をしばしば離れ、曲がりくねった小道をたどり、突然田舎家に出ると、住人を飛び上がらせてしまった」
続いて、犬が吠え、子供たちは母親にしがみつき、一緒に泣きながら家に逃げてしまい、男たちだけが目の前に残った、とあります。
ここでハバーシャムたちは「Ohio!(おはよー)」と声をかけ、友達のように握手をし、一人ひとりに葉巻を手渡します。彼らはハバーシャムのやり方を真似して葉巻に火をつけようとしますが、なかなか難しそうで飽きてしまい、自分の煙管(キセル)に火をつけて逆にハバーシャム達に一服を勧めます。
そういうやりとりをするうちに段々と慣れてきて、ハバーシャムの服を触って繊維の質を確かめたりブーツを眺めたりして、どんどん距離が縮まっていきます。
懐中時計、拳銃、マッチ箱などを見せているうちに、隠れていた女性や子供も、そして犬も興味津々となり、いつの間にかハバーシャムの周りに集まりました。
特に住民たちは懐中時計が気に入ったようで、太陽と時計の針を交互に指差し、いくつかの日本語の単語をもちいて、使い方や価値を理解させることができた、という記述があり、身振り手振りでも理解しようとすれば理解できる心の交流が見て取れます。
さっきまで恐怖におののいていたのに、別れ際にはみんながハバーシャムと握手したくてこぞって押しかけ、笑顔があふれていたというのも、なんとなく気持ちのよいエピソードですね。
時代も人種も関係なく、コミュニケーションを取る前はお互いおっかなびっくりで牽制しあうのかもしれませんが、心が通じ合えば一気に距離が縮まるという好例だと思います。辞書も教科書もないのに、言語を超え心でつながったご先祖様たちを深くリスペクトしたい。
ハバーシャムたちはどこまで散歩した?
彼らは民家に立ち寄ったあとに茶屋でランチをして、それからおそらく北上し、海(※進行方向の河津の海)まで3、4マイル、下田の海岸まで6〜8マイルのところまで来てしまい、「これは戻れなくなる」ということで引き返し、夕食は船の上で取った、とあります。
6〜8マイルの間を取って、半径7マイル(約11km)の円を地図に落として、彼らが引き返した地点を推定してみます。
海岸までは3、4マイル、下田の海岸まで6〜8マイルというヒントをなんとなく考えると、ハバーシャムは河津の小鍋あたりまで行って、引き返してきたのではないかと想像しました。
眼下に見下ろす景色には河津の海が見え、自分たちがたどってきた道のりを計算すると下田の海岸まで6〜8マイル。地図に落とし込んでみると、折り返しポイントは小鍋あたりという想像はいい線いっているのではないかと感じます。
このようにして、文章にただ書いてあることを地図に落とし込んだり、実際に歩いてみたりすることはとても大切だと思います。
今年は川端康成の『伊ズの踊子』が発表されてから100周年。ハバーシャムが下田の海岸から小鍋までたどった道のりは、踊子と主人公の「私」が下田まで向かった道と同じかもしれません。
できれば今年はハバーシャムと「私」の気分になって、古道を歩いてみようかしら。
