素敵な椅子に座ってますか?
「人間の価値は座る椅子の高さに比例するのだ!」 とはシェイクスピアが「王様と私」の中で言わせた有名なセリフ。。 と言うのを思いついた。
前回の藤原山登山の後、山登りで使えるアウトドアチェアが欲しくなり例のごとくAmazonで物色していた時のこと、 小さな三本足の椅子と、それよりは大きく重いが背もたれのある四本脚の椅子どちらを選ぶべきか決めかねていた。 山登りだから小さいに越したことは無いのだが、やはり座り心地も捨てがたい。。 気持ちは大きい方の椅子に傾いていた。
何か背中を押してくれる理由を探していたらふとこんなセリフを思いついたのだ。 いかにも有り得そうなこういう嘘がホイホイ溢れてしまう。 もちろんシェイクスピアと「王様と私」はまったく関係がないし、こんなセリフも無い。 だけどテレビで観た大作家の椅子はやっぱり立派だし、「君に大臣の椅子を用意しよう」なんて言葉もやはり「椅子」がキーワードだ。 椅子って大切なんだ。
そんなわけで今回は立派な方のアウトドアチェアを手に入れた。
なんてったって次の登山は山の上で低山部の忘年会を開くのだ。 平島部長自ら鍋料理を作って振る舞ってくれるという。 ゆったりできる椅子が欲しいところなのだ。
さっそく娘と自転車で眼の前の海に出かけた。 組み立て式の椅子は重さ1㎏。 腰を下ろすと包まれる感じで彼女の機嫌もいい。
この椅子を組立てる僕に平島部長やアケシンさんは羨望の眼差しを向けるのではないかと ニヤニヤしてしまう。 ふふふ、、スネ夫の気分である。
しかも次回は山頂で鍋パーティーなのだ。 平島部長の料理への凝り方は尋常ではない。 楽しみで仕方ないのだが、楽しみの向こう側にある暗雲を無視することは出来なかった。 次の谷津山はこれまでよりずっと高山なのだ(低山だけど)。
下田市と河津町にまたがるこの山は、まるでイタリアとフランスにまたがるモンブランなのだ。 名前こそ美味しそうだけど、あれは本当は命を落とすような高い山である。 どうしたってハードなクライミングが予想される。
登山当日、3人のクライマーは車に乗り合わせて下田を出て稲梓側から谷津山に向かった。 通り過ぎた蓮台寺駅から遅刻した高校生が出てくる。 河津へ抜けるトンネル手前を右折、左手にペットの泊まれるペンションがある。 そこはもう谷津山の中である。
どこか適当な所に車を停めて歩き出そうという事なのだが、何故か僕の右足はアクセルペダルから離れない。 道は一応は舗装路だがいたるところに大穴が開いてスリルがある。 僕は4WDのスイッチをONにしてギアを1速に。 急な坂道を登り続けた。
グイグイ登る。 こうなったら行けるところまで行ってみたくなる。 1人じゃ怖いけど、こっちは40のおっさん3人なのだ。 40だ。 ついさっきまで高校生だと思っていたのに。 思い通りに行かないことがあっても昔ほど気にならない。 これが人生のサバイバル術なのか「そういうものさ」と現状を肯定してばかり。 いろいろ何となく諦めた。 ズルイ大人。
ちきしょう。 エンジンが焼けたって行止まりまで行ってやる。
こんな所にいったい誰か住んでいたんだ!? 廃墟の横を過ぎる。
と、金網に囲われた場違いに新しい建物が現れた。 しかもワンボックスカーと作業着を着た人までいる。 向こうもこっちを見てびっくりしてる。 どう見たって場違いなのは僕たち3人なのだ。
静岡県の無線施設だと平島くんが地図アプリで確認する。 すると「これは・・・まずいですね」。 「ここ、もう、頂上です。。」 と言うではないか。
何と!車で三角点のある頂上まで登ってしまったのだ。 嬉しいやら、困ったやら、やっぱり嬉しいやら。
車から降りると空気がキリッと冷たい。
3人はとりあえず三角点の撮影会を終え、どうしようか??と話し込む。 もう一度車で下って、改めて徒歩で登るか? それともここから別の山へ向けて歩いてみるか? 部長がマップを睨み、別の山に行くことは難しそうだが尾根伝いに歩いてみようと言うことになった。
まずはいつものように三人揃ってパシャリ。
頂上から歩くことを登山と言うのか、それとも下山と言うのか、よくわからないが 尾根道は少し下ったり、少し登ったりとその中間である。
尾根と言うのは比較的空間が開けていて、日当たりも良い。
時折河津町、稲取町方面が木々の間から見え、その向こうに海が広がる素晴らしい景色だ。
僕は楽しくなって前をゆく平島部長に「いいね~、いいね~」と嬉しさを伝えると、 平島くんも嬉しそうに、
「僕、オネー歩きが好きなんです」 「??」 僕は一瞬固まってしまう。「オネー歩き」って何だ? いきなりカミングアウトされても困ってしまう。 一体どんな歩き方なのか?
・・・「うげっ!」となったが、
僕の耳が悪いのか、四国訛りの平島くんが悪いのか(実際にはまったく訛ってません)、 オネー=尾根 だということを一瞬の後に理解した。 ともかく「俺たち低山部」から「私たち低山部」への変更は回避されたのである。
尾根道を歩き始めて少ししたら前をゆくアケシンさんが立ち止まっている。 その足元には苔むした岩がある。
「僕、コケがすきなんですよね。。」とアケシンさんがぼそり。
そして愛おしそうにコケの撮影会を始めた。
う~ん。 世の中色々な人がいる。 三角点が好きだったり。 コケが好きだったり。
でも好きなものが色々あるってのは楽しめるポイントも色々あるってことだ。 この2人のこういうところがとってもカッコよくて羨ましい。
頂上から歩き出した3人のクライマーが目指すのはもちろん頂上ではなく、 鍋ができる陽当りの良い平らな場所である。 できることなら海の景色もあったら最高の忘年会を開けるだろう。
だがこの好条件が揃うポジションがありそうで無いのだ。 かなり歩き回ったがギリギリ駄目!の連続。 座りながらのオーシャンビューが難しい。 次第に皆んな無口になっていく(もともと静かだが)。
不穏な空気を察してか、部長が歩いた中でのベストポイントへの退却を指示する。
海は見えないが日当たりがよく平らなポイントで早速宴の準備なのだ。
今日の低山ランチは ・火鍋しゃぶしゃぶ ・ローストビーフ ・〆のらーめん ・さつま芋のデザート ・ブラックコーヒーと特選緑茶
見て欲しい! この食材たちを!! なんと盛付け用の大皿まで部長のリュックから出てきた。
ほうれん草、山東菜、小松菜、クレソン、サラダ菜、太葱。 そしてお肉はわざわざ塩漬けした豚肉。 チキンスープまで家で仕込んで水筒に入れてきてある!
コレがいわゆる男の料理なのだ。 コストや洗い物などは考えない! 「美味い。」ただこの一言に一直線に向かう情熱。
まずは鍋に油を敷いて花山椒と赤唐辛子を炒める。
目の痛くなるような香りが立ったらそこにチキンスープを投入!
グツグツと地獄のような真っ赤なお風呂が沸き上がる。
それぞれがノンアルビールやカクテルを持って乾杯! と文字で書けば景気が良いが、実際は静かな宴のスタートである。 「俺たち低山部」はホント地味なのだ。
さぁ、そこに盛り沢山の地元の野菜たちを地獄風呂へ叩き込む。 しゃぶしゃぶ。 スープにしっかり味が付いているのでそのまま食べて美味しい! この日の山の気温は6度。 伊豆としては極寒だ。 ハフハフ、鼻をズーズー。 額に汗が。
僕が低温調理しておいたローストビーフに焼き目をつける。 焚き火で炙ったローストビーフも美味い!
山登りに来ているのか? 食事に来ているのか分からないけれど、最高に楽しい! この日の食事は僕のしゃぶしゃぶ人生においてもお世辞抜きに一番の美味さであった。
ひとしきりしゃぶしゃぶを堪能したら、〆のラーメンが投入された! 薬味の青ネギをたっぷり。 もう本当に最高である! 平島部長を嫁にもらいたいくらいだが、流石にそれはお互いに気持ち悪い。
アケシンさんは無口を良いことに黙々とハイペースでお替りを続けている。 無口の良いところなのだ。
正直言ってお腹いっぱいなのだが、今日の低山デザート担当の僕としてはせっかく用意してきた のだからと無理矢理にでも皆んなの口に入れてもらう。
今日は、家で軽くレンチンしたさつま芋をバターとレモンで火入れしてハチミツを絡めた。 シナモンもお好みで。 レモンとハチミツは最高の組み合わせだ。
アケシンさんの淹れた美味しい低山コーヒーを頂く。 低山部にデビューした椅子も大活躍だ! 交代交代に僕の椅子の座り心地を確認している。 2人の羨ましいそうな視線が僕のスネ夫心をくすぐる。
頂上まで車で来てしまったことで、思いがけず谷津山の尾根歩きを堪能できた。 麓から登ったら尾根歩きをする体力は残っていなかっただろう。 時おり東伊豆の町や海岸、その先には伊豆七島に出会える山歩きというのもとっても良いものなのだ。 山での最高の忘年会なのだった。
気圧ってなんだ? 天気の関係
みなさん、明日の天気が気になりますよね。 明日が運動会や登山だとすれば、余計に気になりますね。 今回はお天気お姉さん(気象予報士)が喋ってる内容の理屈が少しわかるかも、という天気の基本について書いてみたいと思います。
晴れか曇りか雨か、はたまた雪か。 どういう条件で決まってくるのでしょうか。
気圧という言葉を聞いたことがありますか? 正確には大気圧と言いますが、地球の重力によって上空の大気の質量を圧力として感じていると思ってください。 台風のニュースで960hPa(ヘクトパスカル)などと聞いたことがありますね。 hPaは圧力の単位で、1気圧は1013.25hPaです。 パスカルは圧力の単位ですが、1Paがどのぐらいの圧力なのかは、興味のある方は調べてみてください。
高気圧と低気圧という言葉も聞いたことがありますね。 高気圧は周囲より気圧の高い部分、低気圧はその逆です。 多くの高気圧は1013hPaより大きな数字、低気圧は1013hPaより小さな数字なのですが、周囲との相対で決まるので、過去には1036hPaの低気圧や996hPaの高気圧もあります。
では、低気圧はなぜ”低”気圧なのでしょうか。 水は高いところから低いところに流れますが、地表付近の空気は高気圧から吹き出し、低気圧に流れ込みます。 熱帯地方で非常に発達した低気圧を特に台風と呼びますが、気象衛星の写真を見ると、雲が渦を巻いていることからも空気の流れがわかりますね。 渦を巻いて中心部に集まった空気はどうなるでしょうか。 平面的には行き場所を失いますが、立体的に考えると、中心部で上に吹き上がることができます。 どんどん上空に空気が吸い上げられている中心部は、例えるなら少し真空気味、気圧が低い状態が続きます。 だから”低”気圧と呼びます。
さて、ここから少し難しくなります。 夏に山に登ると少し涼しいですね。なぜだかわかりますか? 気圧が山の上にいくほど低いからです。 目には見えませんが、覆いかぶさる空気が少なくなりますからね。 気圧が低いということは、圧力が小さくなるということなので、空気が膨張します。 ポテチの袋が山に登ったとき膨らみますね? 風船を膨らませるのは大変ですが、空気を膨張させるにも、エネルギーが必要で、空気に備わっているエネルギーは熱(温度)なので、膨張するときには温度が下がります。 だから一般論としては山に登ると、気圧が下がり膨張したために少し空気が薄くなって、涼しくなるのです。
低気圧の中心で上昇する空気は次第に気圧が低くなり、膨張し、冷たくなります。 空気中には水蒸気としての水分が含まれていますね。 特に夏は湿気を感じますね。 上昇した空気中の水蒸気は、温度が下がると水蒸気の状態を保てなくなり(飽和といいます)、液体の水になります。 すごく上空では氷になります。 それが集まったものが雲です。 山をみると雲がたまに発生していませんか? あれは山にあたった風が山肌にそって上がってゆき、気圧が下がって冷やされて雲になっているのです。 天城トンネルあたりだと、霧が発生することもあります。 ガスとも呼ばれたりしますが、あれは雲の中にいる状態です。
では雲=水滴、水滴は重いのになぜ雲は落ちてこないのでしょうか。 山で発生した雲で考えてみると、山肌から吹き上げる風による下からの風圧と、水滴の重さが釣り合っているからです。 低気圧の中心部の雲も同じで、上昇気流と水滴が釣り合っています。 釣り合いがとれないほど水滴が大きくなると落ちてきて、それが雨粒となります。 夏場に暖められた地表の熱の上昇気流がもとで発生する入道雲の内部は、ものすごい力の上向きの気流なので、水滴がどんどん大きくなり、大粒の雨となったり、さらに上空まで水滴が持ち上げられると冷えて氷になって、雹(ひょう)や霰(あられ)が降ることもあります。
話が長くなってきましたので、高気圧は手短に。 高気圧は低気圧と逆で、上空の空気が下に下降している部分です。 冬だと”シベリア寒気団”や”冬将軍”という言葉を聞きますか? シベリアの上空の冷たい空気を地表におろして、それが地表に沿って日本海をわたって、北風として日本まで寒くします。 逆に夏は”太平洋高気圧”といって、太平洋上空の南の暖かい空気を吹き下ろして、南風として日本を暑くします。 上空の空気は冷たいので溶け込んでいる水蒸気が少なく、それが下降する高気圧付近では空気が乾燥し、晴れやすくなります。 鶏と卵ではないのですが、低気圧で上昇した空気が上空を流れ、高気圧で下降し、地表を低気圧に流れる、という循環をしています。
話が難しく、長くなってきましたね。 今回は低気圧と高気圧の話だけでしたが、別の機会に台風や今回の補足の話を書きたいと思います。 それから、今回登山した谷津山の下には、伊豆急行線で最も長い谷津トンネルがあったので、トンネルの話も書きたいと思ったのですが、それも別の機会に。
「同じ性格の人たちが一致団結しても、その力は和の形でしか増やせない。異なる性格の人たちが団結すれば積の形で大きくなる」
西堀栄三郎
今回ピックアップした格言は、登山家・無機化学者・技術者として名を知られる西堀栄三郎氏のもの。 他にも氏の発した名言類だと”石橋を叩けば渡れない”などキャッチーなものもあるのですが、今回は別のものを選んでみました。
登山を行うにあたって、事前にいろいろと決めるべきことがあります。 そのひとつが、単独行もしくは複数のメンバーのどちらで山登りを行うか、です。 このチョイスにより、同じ山で同じ環境下であっても、その山登りの楽しさの質は大きく変わってきます。
単独行であれば、登山におけるすべての判断は当然のことながら、自身がおこなう事となります。 結果として、一人ですべてを担う故の厳しさ・難しさもありますが、その登山で得られる満足感はすべて自身にフィードバックされ、味わうことができます。 但し、あくまで自分の行動やイメージの枠内で行われるので、想定外の面白さと出会う率は低くなるともいえます。
一方、複数のメンバーで山登りを行う場合。 そのメンバー各々の個性や力量によって、同じ山でも難易度は変わり、そこで得られる体験もかなり違うものとなってきます。 判断に迷ったとき、自身の考えだけでなく、他の意見なども共有しながら客観的にジャッジを下せるのはプラス要素といえます。 ただ、この複数の考えや意見が最終的にひとつの方向にまとまればよいですが、そうでない場合、予想外のトラブルにつながる可能性もないとはいえません。 そのイレギュラー性が複数の人たちで登山を行うときの面白さでもあり、リスキーな部分でもあるのです。
自分は東京にいたときはほぼ一人で高尾や奥多摩方面に出向き、山の中を歩いたり、沢を渡ったりしていました。 基本的には自分で登る山をピックアップし、プランを立て、自分が思うペースで写真を撮ったりしながら低山ハイクを満喫するひとときです。 それでも”自分対自然”という関係性の中で充分に楽しい時間を過ごしていたのですが、この「俺たち低山部」ではまた異なった低山散策を楽しめるようになりました。 ”自分対自然”に”他者”が加わることで、低山ハイクの世界に大きな広がりができたのです。
まずは会話を交えながら山登りを進める楽しさ(とはいっても基本自分は寡黙なタイプなのでニギヤカではないのですが)。 そして、山の中で料理をしながら、食を味わう楽しさ(とはいっても自分はまったく調理をしないので、部長やヒロくんが作ってくれたものをモグモグほお張るだけなのですが)。 もちろん登る山の選びかたも大きく変わったので、一人でそのプランを立てるのとは、その内容自体が異なってきます。
高山も登り、登山以外でのあらゆることへの知識が半端ない平島部長とも、普段から「山登りは嫌い」と声を大にしながら、アウトドアアイテムを着々と増やしているヒロくんとも、自分の趣味に関わる関係性だけであればひょっとしたら知り合わなかったかもしれません。 そう考えると、この40前後のおじさん3人が”下田”という地でたまたま出会い、”下田の山々”を登りながら、「俺たち低山部」という形で、こうして情報発信しているのも不思議な関係ゆえの”積の成果”、といえると思うのです。
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