松村さんが勤める漁協って具体的にどんな仕事をするところなんですか?
魚が揚がってきたら仲買さんとの交渉や競り(セリ)の取り仕切り、
下田だけではなく稲取から土肥までの伊豆漁協全体のイベント業務でしたり、
漁師さんにライフジャケットを着用してもらうなどの安全指導も仕事です。
漁師さんと仲買さんの間を取り持ったり、漁にまつわる全般的なお仕事なんですね。
下田の金目鯛の漁ってそもそもいつごろから始まったんでしょうか?
僕が漁協に入った年あたりなので35年くらい前から水揚げされてます。
それまでは下田や須崎の港ではイカやカツオ・カジキの突きん棒が主で
金目鯛は稲取が初めだったと思います。
下田の最初は深い所にいるムツとかと一緒に釣れて。
そのころは「こんなものダメだろ」と全く価値の無い扱いでした。
え!?
下田のスーパーで1匹3000円くらいで売ってる立派な高級魚ですよね。
板前さんは高くても仕方なく買ってるそうです。
我が家は祝い事があると金目鯛1匹買ってきて煮付けたりする存在です。笑
そうですね、今は高級魚ですね。
でもかつては値段も出ないし、食べもせず美味しくないだろうって。
赤い魚に馴染みがないのもあったと思います。
特にそのころの関西ではまず食べない色の魚なんです。
なるほど。。
関東ではすぐ受け入れられたんですか?
それから1年くらいしたら凄い水揚げ量になりました。
ひところは年間5000トンあったりしました。
※2015年度は1,600トン。最盛期の約32%。
短い間にすごい!
5000トンって聞いてもまったく量の想像がつかないです。笑
当時は船の数も多かったですから。
下田はサバなどが中心だったのでそれまで沖のキンメを釣るような船がなかったんです。
四国とかから大型船が来て下田に住みつく漁師が増えました。
どうやらキンメの価値が上がってきたらしいということで下田でもキンメ漁が盛んになったんです。
そもそもどうして金目鯛がこれほど値があがったのでしょう?
もともとは関西方面が昔は赤い魚を食べなかったこともあって値がつかなかった背景があって。
九州の方でキンメが獲れても売れないので下田まで運んできていました。
それが下田の水揚げってことになるんですね。
そうです。
下田のキンメが高値になったのは仲買さんの努力なんですよ。
どういうことですか?
扱いが丁寧だったんです。
箱詰めの仕方や鮮度の保ち方など、いい魚だから高く売れるように大事に扱って。
それで最後に「下田港」という判を押すと値が上がるんです。
ブランドということですね。
はい。
僕が入った当時はキロ500円とかだったんですが徐々に上がって、3年前からは平均でキロ1700円位になりました。
3倍以上ですね!
捕れなくなったということもあります。
昔は水揚げ量が年間5000トンあったのが昨年で1600トンまで落ちていて。
そんなに!?
船が減ったということもありますね。
昔は多い時は50隻ほど大型船がいたんですが今は 13 隻ほどです。
・・・ずいぶん減ったんですね。
獲れなくなった・・・?
それとも漁師がいなくなったということでしょうか?
昔は下田に住み着かなくても九州の方から半年だけ漁をしに来る船とかも多かったんですが、
キンメがむこうでも値がつくようになったのでわざわざこちらへ運ぶこともなくなったんですね。
直で築地に運ばれているようです。
ようは金目鯛が人気が出て全国に広まっちゃったということですね。
そうですね、それでも下田が一番いい値をつけてるとは思います。
なのにこんなことを言うのは変ですが、ブランドのイメージをつけて買えないような魚になってしまうよりは、
それなりの値段でみんなに食べてもらいたいと思うんです。
水揚げ1位は下田ですが2位はどこでしょう?
千葉だと思います。
千葉も大型船ではなく日戻りの地金目なので水揚げ量は少なめですがブランド価値がありますね。
下田の沖の漁の「1回出る」というのはどのくらいの期間ですか?
操業は1週間から10日程で戻ります。
以前は半月ほど行っていたのですが、市場の課長からも鮮度のいいうちに帰ってきて欲しいという要望があって。
仲買さんとも話し合って量を獲ることよりも新鮮なうちに市場に入れることを重視するようになりました。
改善してるんですね。
はい。なので毎日何隻かいる大型船が市場に入るタイミングをコントロールしてるんです。
一気にドカッと揚がっちゃうと値が下がっちゃいますから。
なので夜中でも船から電話が入れば「明日は何隻入るから、もう一日操業して明日入りなよ」と言ってあげて。
うわあ、飛行場の管制塔みたいですね。
そうそう!そうですね。
台風の時なんかは一斉に揚がってもらいますけどね。
夜中でも電話に対応する市場の課長はほんとに大変だと思います。
漁に出てる間に他の島に立ち寄ったりするんですか?
大きな台風が来たりしたら島影に隠れることはあっても寄港することはないですね。
一隻に何人くらい漁師さんが乗ってるんでしょう?
大型船は8人から10人乗りくらいですかね。
維持費などの背景もあって19トンの小ぶりな船が多くなりました。
大型船は90トンあって検査費や燃料などを考えると全然違うんです。
じゃあ19トン船は車で言う軽自動車みたいなものですね。
そうですね。ただ小さい船は大きい船に比べて波に弱いので事故が起きやすいのが難点です。。
漁協の中にある食事処の「金目亭」で知ったんですが
一口にキンメって言ってもいろいろ種類があるんですね!
地キンメ、島キンメ、沖キンメ、なんて呼んでます。
地キンメと呼ばれるのは、日戻りの鮮度のいいやつですね。
あさ2時3時に出て、大島の島内で取ってその日の昼前に漁協に入ります。
2、3日行って帰ってくるのが島キンメ。
10日くらいのものが沖キンメです。
獲れた日で分けてるんですね。
バケキンメ、平キンメっていうのもいますよ。
バケキン?
フウセンキンメのことをこちらではバケキンって呼んでますね。
平キンメとバケキンメっていうのは見た目からもいわゆるキンメとは魚の種類が違うんですけどね。
キンメは200m~500mくらいの深さに生きている魚なんですが、深海魚なのに上がってきても圧力で目も飛び出ないし、浮袋も出ないし、うまくいけば生きてられるんです。
下田海中水族館の水槽にいますね!
ええ。面白いことに生きてると赤くないんです。
銀色なんですよ。
なので稲取ではキンメのことをギンデエ(銀鯛)って呼んだりします。
漁の仕方はどういうものですか?
延縄(はえなわ)ですね、沖のキンメダイは底たて延縄というものです。
底たて延縄?
地金目は一本の針で釣るんですが、大型船の沖のキンメはおおよそ2000メートルのロープに糸と針が何本も付いているんです。
揚がってくる光景すごいだろうなあ!
下田は金目鯛一本で勝負していますね。
これはきっと戦略的には分かりやすくって観光客の方にも「下田できんめ料理を食べる!」
って旅行動機に繋がると思うんです。
はい。
いまは他の魚はあまり獲っていません。
でもキンメだけっていうのは正直怖いと思っています。
えっ?怖いと言うのは?
キンメが捕れなくなったらこの町はどうなっちゃうんだろう?と。
実際に漁獲高は年々減っています。
ですので一都3県(東京・千葉・神奈川・静岡)で漁獲の調整をして魚を取り過ぎないように海を守っています。
具体的には?
土曜日は完全に休みにしようとか、28cm以下の魚は海に返すとか、針の数はいくつまでだよとか。
下田にとっても大事な資源ですから。
そうなんですね。
キンメの水揚げ量日本一!と楽観的に構えているだけではダメなんですね。
ところで、キンメが一番美味しい時期って6月と言われたり冬だと言われたりしていますね?
昔は6月を知らなかったんですね。
12月も脂が乗りますが6月はほんとに魚体が丸くなりますね。
板前さんも6月は包丁の入り具合がまるで違うと言ってますね。
ああ、そうでしょうね。
松村さんが漁協のFacebookを担当してらっしゃるんですか?
キンメが揚がらない日は涙マークがついていたり。笑
松村さん!スマホが金目鯛の写真で溢れてますよ!!笑
はい、そうです。笑
今日新鮮な金目鯛があるかないか市内の飲食店の皆さんなどにもお役に立つように発信しています。
松村さんは昔から金目鯛って食べてました?
私は須崎出身ですが子供の頃は金目鯛は上がってなかったです。
スルメイカ、カジキ、カツオが中心でした。
でも漁師さんがたまにくれたりして食卓に上がることもありました。
煮付けが母の味ですね。
そのころは本当に価値なんて無かったです。
いまでは高いカワハギも昔は同じように価値なんて無かったですよ。
食べてみたら意外と美味しいぞ!って見直されたんですね。
そうですね。(笑)
外は真っ赤ですが身は白くてクセがなくてどんな料理にも合う。
僕は煮付けが好きですが、鍋でもフライでも天ぷらでも、バターを入れてホイル焼きでも本当に旨いです!
あ、それ(ホイル焼き)!やったことないです。
いまでこそいろんな料理になってますが母親の世代は「魚は何でも煮ちゃえ!」ですからね。笑
ごはんには一番合いますもんね。笑
街の板前さんは塩焼きを推してました。(笑)
ああ、塩焼きも旨いです!
特にこの6月の脂の乗った金目鯛はふっくら焼けて塩だけで旨い!
クセが無いですから唐揚げとか干物もイケますよ。
僕は高級な金目鯛が大衆の味になる“きんめコロッケ”も好きです。笑
きんめの煮付けに食べ飽きないとコロッケにしてしまう発想ってないと思うんですが(笑)、でも美味くて。
下田の飲食店では上の山亭、とんかつ錦、ごろさや、クックランド、八龍、とん亭と食べ比べが楽しめるほどです。
下田は金目料理のバリエーションも豊かですよね?
和洋中、なんでもござれですね。
お店の発想の柔軟なところも下田らしいのかもしれませんね。
松村さんの育った須崎といえば“いけんだ煮味噌”もありますね!
昨今のお店で食べる“いけんだ煮味噌”には金目鯛が入って豪華になってますが
本当はもっと捨てるような魚を入れて作る漁師料理なんですよ。
エビ網でかかったブダイ とかタカノハダイを入れないとそう呼ばないんです。
それこそ価値のなかったカワハギとか。笑
冬の漁は寒いですから、その場で作り始めて身体を温めるための漁師の料理です。
浜でエビの網外しを手伝ってくれた人に振る舞うためだったり。
寒いから終わったらみんなで食べて温まろう、っていう。
ああー、それは美味しさが染みますね!
昔はキンメもカワハギも価値が無かったなんて今では信じられません。
多くの人の取り組みで少しずつ価値が上がっていったのですね。
最後に、下田魚市場ではセリの見学ってできるんですか?
競り(セリ)については一人の競り人が飛び交う声を聞き、「誰が」「いくら」と言ったかを瞬時に判断します。
なので物音や話し声がすると邪魔になってしまうのでご遠慮いただいています。
そのかわり水揚げの見学だったらできますよ。
年間では研修などで都内の学生さんがよくお越しになるので説明用のビデオなども用意しています。
一般の方はきんめ祭り期間中に見学台を設けてありますので朝7時すぎくらいからと早いですが
活気ある水揚げの光景を見にお越しください。