もう時効と思うので告白すると、私は13歳でビールの味を覚えた(お父さん、お母さんごめんなさい)。そして、高校生になるとまちなかのお酒の飲めるお店に行って、こっそりビールやウイスキーの水割りなんかを飲むようになった(先生、ごめんなさい)。

汗がにじむ真夏の夜、弥治川(ペリーロードのあるところ)沿いに構える小さな店で、「なにかスカッとするもの、ください」とリクエストして出してもらったクラッシュアイスとミントたっぷりのお酒が驚くほどおいしかったのをいまも鮮明に憶えている。
生まれて初めて「モヒート」を飲んだ夏だった。

いまはなき、Wというアメリカンスタイルの店。下田が好きで東京から移住してきたという口髭がよく似合うお兄さんがひとりでやっていて、最初は母親と一緒だった。母はビールを頼み、私はピザとパスタとサラダを頼んだ。クリス・レアやスティングなど当時私が好きだった洋楽が低めにかかり、ゆったりとした時間が流れている。高校卒業を間近に控えていた私は、母にねだってビールをひと口もらった。隠れて飲んでいた缶ビールは、鉄みたいな味がするといつも思っていたけれど、緑の樹木のロゴが入った「HEART LAND」はクリーミィな泡にすがすがしい香りがした。
「生ビール」を知った冬だった。

 

そんなふうにして、下田で育った10代。お店の人たちは私が未成年だということを知らなかったのかもしれないし、知っていて黙認していたのかもしれない。どちらだったのかはわからないけれど、まだ小娘の私を黙って受け入れて適度に放っておいてくれた。

当時は特に感慨もなかったが、いま思えば、なんて寛容な店たちだったのだろうと思う。
あのおおらかさ、やさしさ、心地よさ……。大人になって改めて振り返ってみると、だれでも受け入れる懐の広さ、いい意味でのおおざっぱなところが下田の人たちの気質であり、また魅力なのかもしれないという気がしてきた。

生意気にもそんなことを思うようになったのは、東京をはじめとする首都圏の酒場をあ ちこち訪ね歩き、文章を書くようになったのが大きい。社会人になりたての頃から、 よく仕事仲間や先輩、作家の先生方、友人たちとしょっちゅう飲みに行っていた。

でも、「いい店ってなんだろう」と考えるようになったのは、30代に入ってからのことだった。そのとき勤めていた出版社のサイトで「酒場ルポを書け」と任されたのだ。友人でもあるイラストレーターの平尾香さんを著者に迎え、東京で火がつき始めたばかりの立ち飲み屋をイラストと文章で紹介する『たちのみ散歩』という本もつくった。その後、やはりウェブで『東京胸キュン安酒場』というコラムを書いたり、読売新聞の夕刊「ぶらり食記」のライター陣に加えてもらったりしている。

レストラン案内や居酒屋めぐりを本に書いている諸先輩方にはまったくもってかなわないが、それでも同世代の女性に比べれば、数多くの飲食店(特に、居酒屋と呼ばれるような店)をめぐってきたと思う。そこで気づいたことがある。

それは、私にとっての「いい店」とは、居心地のよさなのだということだ。これは、私が敬愛する太田和彦さんも言っている。

「多くの居酒屋を訪ね歩くうち、居酒屋の魅力は酒や肴のみでは語れないと気づいてきた。

最高の酒料理が用意されていても、あまり通う気にはならない店はある。逆にたいした酒肴、店構えではないのに、足が向いてしまう店はいくつもある。まして人を連れてではなく、一人で入るのであればなおさらだ。

それは、主人、おかみ、常連たちの人柄が醸し出す居心地の魅力だろう」(『居酒屋百名山』より)

下田は観光地で旅行者の多いまち。この『下田100景』はおもに下田を外から訪れる人のためにつくられたサイトであり、この連載を読んでくださるのもそういう方々だと思って書いている。

せっかく旅先に下田を選んでくれたのだから、ここで紹介するお店は「おいしい」にこだわりたい。
できるだけ地の食材を使って、手間ひまかけてつくられた料理が食べられるお店。
そのうえで、私は太田さん言うところの「主人、おかみ、常連たちの人柄が醸し出す居心地の魅力」がたっぷりと感じられるお店を取り上げようと思う。

 

私は今年、東京から鎌倉に住まいを移し、少しでも多く下田に帰り、下田での時間を大切にしたいと思っている。ありがたいことに、地元のフリーペーパー『下田的遊戯』のライターや、公の仕事にも少しずつ携わらせていただけるようになってきた。下田は私にとって長く故郷でしかなかったが、仕事の場にもなりつつあるのだ。下田と鎌倉。頻繁に行き来をするなかで、東京で流行っている店にも負けないクオリティの高い味、センスを感じる店や、旅人もくつろげる懐深き店と出会ってきた。こっそり飲んでいた10代では知り得なかった下田の魅力、奥深さを、いま、しみじみと感じている。これから紹介していく「港の百年食堂」が、みなさんの旅をおいしく彩ることを願って、綴っていきたい。

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山田真由美

フリーランス編集者、ライター。
1971年、下田生まれ。鎌倉在住。
出版社勤務を経て、独立。
女性の生き方、ビジネス、ソーシャル、料理など幅広いジャンルの書籍編集を手がける。
下田のローカル誌『下田的遊戯』にて「下田人」のインタビュアーを務めるほか、
読売新聞夕刊「ぶらり食記
Web「おじさん酒場」)
おんなごはん」連載。