岡崎第7回タイトル2行
 
都会は人が暮らしやすくなるように造られている。
多くの人を集めることで、産業を活性化し、利便性を高め、文明が栄える。
パリでレストランが生まれたのは、フランス革命のすぐあと、王室に勤めていた料理人が職を失い、自ら食うためにレストランを開いたからだそう。ここにフランス料理の萌芽が生まれ、世界をリードするフランス料理文化にまで発展した。

旅をしていても、基本的に町にはおいしいものがあり、田舎はマズイのが定説である。
それでも美食の国、日本はまだいいほうで、地方でもそこそこおいしいものがいただける。

下田は観光地で、しかも飲食業界の鼻息が荒い…というか元気がいい。地元の料理人だけでなく、一度は都会で修行してIターン、Uターンした人たちもいて、切磋琢磨している。
とくに驚くのが金目鯛料理だ。
よくもまあ、これだけ考案したなあというメニューぞろいだ。
ここまで来ると大都会東京だって、追随できないだろうと思わせる。

金目鯛の煮付けや刺身なら、和食店ならどこでもいただける。もちろん鮮度の悪いものにあたったためしなどはない。「へにょっ」とした金目の刺身など見たことがないのだ。みんな元気に「ピン」と立っている。

魚介類を酒の肴に、地元衆が集まる店「ごろさや」では、「和風金目鯛コロッケ定食」がいただける。金目のほどよい香りとほぐれた金目の身の繊維質がいい歯ざわりだ。
「金目の串焼き」を考案したのは開国厨房「なみなみ」。1本250円也。安さもまたいいね。焼くと身と皮の間の上質なアブラがうまい。しかも皮がパリパリしていてまたうまい。
スペイン料理「MINORIKAWA」では「カリカリうろこの金目鯛」。なんとうろこをカリカリに焼き上げている。しかもうろこがうまいんだから、これこそ「目からうろこ」ってやつだ。

変わったところでは、上の山亭の「地金目鯛のカツ丼」。豚肉と違って重くなく、あっさりとやさしい味は、女性におススメの逸品。「なが里」の「金目せいろめし」も、女性に人気がありそうだ。

中華「八龍」で見かけるのは、金目鯛をエビチリ風あんかけにしてチャーハンの上にのせた「金目鯛のチリチャン」を、来店している観光客がこぞって食べている光景だ。これは圧巻だね。サイドメニューに「金目のコロッケ」を注文している人もいる。中華「一品香」では「金目とエビのワンタン入り天然塩チャーシューメン」が一番人気だ。

もちろん寿司屋にはキンメ寿司は普通にあるし、スーパーでも丸ごとキンメを売っている。「渡辺水産」に行けば、直送だってできちゃう。

下田はどこまでもキンメなのだった。
子供の頃から、キンメを食べてきた人が大人になって、料理人となり、レストランをオープンすれば、パリがフランス料理文化の殿堂となったように、オッホン、下田はキンメ料理文化の殿堂ってことなのかしらん。

そして自宅で、遠方より来たる友と酒を一杯やる時などは、キンメの刺身としゃぶしゃぶは欠かせない。食べるところの少ないドデカイ頭を鍋にぶち込み、出汁をとり、そこでしゃぶしゃぶやっていただくのである。この時、魚屋やスーパーで厚めに切ってもらっておくといい。上品な味がたまらん。
クーッ! 酒が進むねえ。

そんでもって、いつだったか、ブラブラ歩いている時に、民宿をやっているプロの釣り人I君が、軽トラで通りがかった。「フォアン!」とクラクションが鳴る。
「ダイゴさん、一尾持ってって」
荷台のクーラーボックスから現れたのは、なんと50センチ級の金目鯛である。

運がいいと、こうして友人知人のお裾分けに当たることもある。
都会ではあり得ないようなキンメ文化が下田には根付いているのであった。

それだけ、キンメが海だけでなく、陸の上でもあちこちで、ウロウロしているってことですな。
 
 

 
 

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岡崎大五 プロフィール

岡崎大五(おかざき・だいご)

1962年、愛知県生まれ。
約80カ国を巡る旅の後、30歳で帰国し、海外専門のフリー添乗員として活躍。その後、自身の経験を活かして『アフリカ・アンダーグラウンド』『北新宿多国籍同盟』『汚名 裏原宿署特命捜査室』など、日本と海外事情を絶妙に対比、融合させたエンターテイメント作品を発表している。
○年より下田に移住。 執筆活動を続けながら、下田暮らしを満喫中。