第12話 後編3つの橋の物語り~ロンドン・ヴェネチア・下田~(後編)
世界でも珍しい一瞬の芸術、下田祭りの「太鼓橋」
ロンドンの暗い橋のエピソード、ヴェネチアのケンカ橋の話に続き、次は日本、下田で行われる、一瞬の芸術「太鼓橋」のお話。
少しピンクがかった肉襦袢に、紺の股引き、ねじり鉢巻を締めた若衆が顔を紅潮させて炬燵ほどの御輿を担いで、「ソリャ、ソリャ」の掛け声を上げる。
4人一組のこの御輿が前後に動きながら、一つずつ連結してゆく。
一列に大蛇のごとく連結した御輿はこれまた前後に動き、動きを止めると、笛の合図とともに、御輿の前後から、若衆が力いっぱい御輿を押し合う。
その瞬間、御輿は弧を描きながら空中に屹立する。
これが作家、三島由紀夫も観た、下田名物太鼓橋である。
バランスを崩しながらもアーチは維持され、観衆が気勢をあげ拍手喝采する。
笛の合図とともに、徐々に加えられた力が抜かれ形を崩し、アーチはもとの一本の大蛇となる。
元々、下田太鼓祭りは、大阪の陣の陣太鼓に由来するが、いつのころからか、このようなアーチを描く太鼓をメインにした祭りとなった。
端緒は偶然の発想だったらしい。
御輿には榊のついたものもあり、神が鎮座する場所であり、神聖な道具である。
バラバラの御輿が一箇所に集まるまで時間がかかりヤキモキさせられるが、一点のアーチが出来るとそこにある種の調和が出現する。
これぞ、町衆の心を結束の結晶である。
意識をひとつにするまさにその瞬間に下田人としてのアイデンティティーを肌で感じるのである。三島は若衆の漲るエネルギーに憧れ、この結晶化に心燃やした。
彼も間接的ながらも、この結晶の一部になる喜びをどこかで感じていたと思われる。
ロンドン橋を通るたびに人は肩をすくめ、「ゲンコツ橋」の喧嘩が近づいたヴェネチア人は顔を赤らめ、下田の人はそびえるアーチを見て胸のすく思いをする。
橋の創造と暗いイメージ、混乱と秩序の乱痴気騒ぎ、一瞬の昇華されえた芸術を物語る3つの橋。人の絶え間ぬ生のエネルギーを伝える話である。
祭りのエネルギー、人の持つ想像力を間近に観るのなら、下田の太鼓橋に限る。
・・・実質的な機能性を有しない究極の人間の橋は世界にひとつ、下田にある。
下田太鼓祭 その他の記事
コメントする