第31話下田方言(白浜地区を中心にして)

冬の白浜の風物詩。 風待ちの船。

冬の白浜の風物詩。
風待ちの船。

「おめー、へっぽこ、だな」

 

「お前は、弱虫だな」という意味です。

 

今回は、「季刊 下田帖」の飯田正氏の集められた方言をご紹介します。

 

私自身、下田出身ではないので、これを眺めていて興味を抱いたものを抜粋してご紹介します。

 

私の周りにもいます、「変人」も「ヘンコー」と言いますが、これは、関西、特に大阪でも、「ヘンコ」と言います。

 

「コシー」と言えば、「ずる賢い」「けちんぼだ」ということで、「おめーは、サンスケだ」と言えば、「お前は、馬鹿な男だ」となります。

 

「おめー、スラーコクな」と言えば、「お前、空々しいウソを言うな」となります。

 

状態や状況、量など、少し面白いのもありますね。

 

「それチョックリ、くれ」と言えば、「それちょっとちょうだい」となり、「これ、ヌルマッケーなー」と言えば、「これはぬるいなー」となります。

 

「ここ、シンキ―だねー」と言えば、「ここは陰気臭くてさみしいねー」ということで、「この芋、グジャッケーなー」と言えば、「この芋は、軟らかいねー」となります。

 

蛇を見て、「ひゃー、ウダルッケー」といえば、「ひゃー、気味悪いー」ということになります。

 

また、「ムセボッテー」と言えば、ものにむせる感じですし、「ケブセッテー」は、煙い状態です。

 

「ここは、クラボッテーとこだねー」と言えば、「ここは暗いとこだねー」となります。

 

「眼が、ヤブセッテー」と言えば、眼が不快なことになります。

 

行動でも面白いものが。

 

「それ、ガッポールなよ」と言えば、「それを粗末に放り投げるなよ」となり、「そこ、ヘーズルな」と言えば、「そこを這い歩くな」となります。

 

「ノメクル」は、「滑クル」で、前へ倒れこむことになります。

 

いい仕事ができる人は、段取りがいいと言いますね。そういう段取りのことは、「カンクリ」と言うそうです。

 

下田のメディカルという病院の前にある、飲食店「ナブラ」さんの店名「ナブラ」は、「水面に見える魚の大群」のことであり、「イナブラ」(稲群)は、田んぼに積み重ねた稲束のことです。

 

稲のそばに、ぼうぼうと草が生い茂り、藪になりますと、その藪のことは、「ボサ」と言います。

 

その横に、便所があれば、それを「ウンコヤ」といいます。そのまんまですね(笑)。

 

眼についても。

関西では、「ものもらい」のことを「メバチコ」または「メイボ」と言いますが、「メッパ」となるようです。

 

また、目の不自由な方は、「メッカチ」と言うようです。

 

さらに。

空き缶のことは、「ガンガラ」、生まれたばかりの赤ん坊は、「ネネー」と言うようです。

 

海に関しても。

「イソード」とは、磯で魚や海藻をとる人のことで、海女さんのことは、「カツギ」と言います。

 

海ででおぼれて死んだ人のことは、「シブト」と言います。

 

「ふじつぼ」は、「カマド」、ウニは、「カジ」、「天草」は、「ブト」、「ウツボ」は、「ゴマ」と言います。

 

そして。

おやつ。午後3時ごろの食事のことは、「オコジャ」というそうで、私も一度聞いたことがあります。

 

聞いたことのないもので面白そうなのが、「じゃんけん」。

 

「チッチ」と言うと、「じゃんけん」のことだそうで、掛け声は、「チッチッパー」というそうで、これは面白い!!!

 

最後に。

蔑称。

「カーボー」(皮坊)。獣などのかわはぎを生業とした者の子孫に対する言葉があったようです。

 

ここに収められた言葉は、白浜地区を中心にして、使われているか、またはかつて使われていた方言で、下田の街中では使われていないもの、またはそれに近い言葉があるようです。

 
 

    出典:「季刊 下田帖」

  • 第2巻 1984年 秋 「白浜方言備忘」
  •     

  • 第3巻 1984年 春 「方言追補」(白浜中心に)
  •     

  • 第4巻 1985年 春 「白浜方言拾遺(補)」
  •            いずれも、執筆者 飯田正氏

コメント一覧

  1. 知ってるものや推測できるものもありましたが、ほとんどは知らなくてまるでどこか他の国の言葉みたいですね~。昔、栃木に転校した際に「あかんわ」とつぶやいたら、クラスメートに「やかんがど~したんだい?なかすまくん、言葉なまってんかんよお、直した方がよかっぺよ」と言われたことを思い出してしまいました。

  2. 中島清さんコメントありがとうございます。江戸から明治に変わったときには、地域の言葉がようやく日本語の形に統合されるんでしょうけど、それまで、城下外の言葉は異国のように言葉が違っていたと聞いたことがあります。日本は多言語国家だったよう・・・。諸国を売り歩く薬師はさながらバイリンガルならぬ、多言語習得者のようであったそうです。
    言葉はどれが本当でどれが偽物だとは即断できません。それは日常のことだからです。だから方言は大切にしなくてはなりません。そういいつつ、イタリアで関西弁教えました(笑)。
    野人

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岩崎 努

京都出身、2013年に念願の下田移住を果たす。
普段は小学生の子供たちの宿題をみる野人塾の傍ら興味の尽きない歴史分野、下田の歴史を調査中。
周りからは「野人」と呼ばれている。
酒好き、読書好き、ジャズを中心に音楽をこよなく愛す。