第7話声になったシェークスピア
私は下田に何を求めて来たのか?
そっと自分の心に問いかけてみる。
この町には海、歴史、食、そして長年の友がいる。
何を求めて来たのか?
私は下田に移住して自分を変えたかったのだ。
この日はそのひとつのきっかけが見つかったように思う。
下田の街中にあって、なまこ壁に暖簾が、どこかの酒蔵のような風情を漂わせている、
カフェ「くしだ蔵」。2015年1月10日(土)、天井の高い室内で朗読会「リーディングカフェ」
(「演劇のカラオケ」)が開かれた(参加者16名)。
「読むんですか!」
今回で2回目になるこの催しに初めて参加する人が、苦笑しつつ叫んだ。
というのも、朗読といっても、この会は参加者が台詞を読んで作品の登場人物の役になるため、
何の心構えもない人には、内心ドキドキするからである。
自分が役者になる。
こんな体験は日常生活の娯楽でもめったにないことだ。
しかも今回は小学1年生の男の子が2人も参加している。
何だか傍にいるだけでも心臓の鼓動が聞こえてきそうな緊張感。
それと相反するワクワク感。
お題は、シェークスピア「ハムレット」の第1幕と第2幕。
「ポローニアスはAさん、ハムレットはBさん・・・」と順番に役割分担をお願いするのは、現在スイスに移住し、SPAC静岡県舞台芸術センターの俳優、奥野晃士さん。
その風貌は綺麗に整った顎ひげをたくわえ、背筋がピーンと伸びて姿勢がいい。
奥野さんがユーモアを交えて作品を解説し、エピソードが展開してゆく。
ドリンクは受付で渡された、中川織恵(アシスタントスタッフ)さん特製のクッキーについていた木の葉と交換する。
こんなところにも心憎いおもてなしが見られた。
アイデアいっぱいの持ち主はリーディングカフェの開催発起人の萩原和美さんである。
今下田で、知る人ぞ知る人的交流の仕掛け人で、われわれ下田移住者にとっても心強い味方だ。
朗読を含め演劇の世界と重要性を伝えたいというスタッフの心意気が伝わってくる。
イギリスでは授業の科目に演劇があり、小さなサークルで朗読会が開かれるのも珍しくないという。
私は思う。この会のようなリーディングカフェに参加することで演劇の一端を経験し、
役者になることで(にわか役者であっても、またあるが故に)自分と他者を見つめなおすきっかけになるのではないだろうか?
現にこの会に参加した小学一年の人一倍内気な少年は、私とともにハムレット役を見事やり遂げたのだ。
そして彼は自分の中にまだ知らぬ別の自分の存在を感じたであろう。
ここで冒頭にあげた言葉に行き当たる。
「私は下田に何を求めて来たのか?」
それはなかなか抜け出せない”自分の殻”を脱ぎ捨てる何かを見つけに来たのだ。
この夜、私はそのひとつのきっかけを見つけたのかも知れない。
この冬下田に、シェークスピアの声が響く・・・。
(小学生の写真は、人物へ愛情を持って写真を撮り続けている、荻嶋留美さんの作品です)
コメントする